2013年1月13日日曜日

ドラゴンタトゥーの女



最初に言っておくと自分の意見はかなり暴論かもしれない

自分はこの映画をフィルムノワール(以下FN)だと考えている

映画開始5分、もうすでに言いようのないFN感が自分の中に渦巻いてました・・・

というのも雨、白と黒の対照、映画開始前から何らかの形で心に問題を抱えている男というのはフィルムノワールの常とう手段だからです。

しかも映画を見ていくと彼はある女の子の事件を紐解いていくことになる。

FNは、ファムファタールという女の存在によって男が人生の不条理なり、社会の闇に引きずり込まれていくという主題を持つことが多いが、この映画にはその要素がつまっている・・・

となるとこの映画は主人公の男性が少女の事件に足を踏み入れることによってファムファタールと出会い、社会の闇に遭遇する物語なのか!!!???


しかしそれは違いました

なぜならラストシーンで男が抱える問題はすべて解決され彼からすればハッピーエンドなのだから・・・


そこで僕は逆に①男がファムファタール(つまり女)であり②女性が主人公の史上初のFN映画であるという隠れた主題を立証したい




まず主人公ミカエルは父権が剥奪されてる
①前妻と離婚し現在は不倫している
②娘からはダメおやじとみなされていて、ろくに反論もできない
③彼は大富豪の悪事を暴こうとしたが、罠にはめられ世間から見放されている

以上3点を踏まえると、ハリウッド古典期の父親像とはかなり乖離したイメージを与えられている
ハリウッド古典期では①強くて②負けない③元気な父だったのに対し彼はあっさり敵に捕まる少し間抜けた存在である

彼は父権性を排除されむしろ女性的に描かれている





一方、ドラゴンタトゥーの女というタイトルからも、この映画の主人公はリスベットである
彼女は①アナーキーで②女性が好き(レズビアンORバイ)で③人間不信で④探偵である

①FNの主人公達が政府や大きな権力に対して反対していることは古くは「マルタの鷹」、「チャイナタウン」、最近では「ブレードランナー」からもあきらかである
②彼らは男性で女性に惹かれて自身の運命を大きく変える
③FNの主人公たちは必ずといってよいほどこの世に不信を抱いている必要がある
④彼らの多くが探偵

このことからリスベットが主人公でミカエルがファムファタールという逆FN的な展開でないかと予想する

つまりリズベットは最初から心に闇を抱えていて、男性に出会うことで社会の闇を知り、事件は解決されるが結局彼女の世界に対する不信は解消されないはずだ

社会に対して強い不信があることは保護観察のおっさんにレイプされるシーン(それを報復する男性的報復)やレズビアンといった彼女の在り方からも推測できる

そうするとこの映画は財閥という社会的な存在が抱える闇を解決するという一般的な流れよりも、リスベットが抱える心の問題の話になる

そして実際財閥の問題が解決した後も映画は続く・・・


元々FNはユダヤ系の移民たちによって切り開かれた40年代のジャンルである。当時ユダヤの心情がどのようなものだったかというと、ナチによってもたらされた残酷な事実を抱えていたということだ。

イタリアではネオリアリズモによって、現実には一切の不条理が解決しえない状況が描かれた一方、ハリウッドではFNの形でもってそれが描かれた


つまりFNでは主人公の抱える社会的な不信は必ずしも解決されないのが主流だと思います。
(「ロジャーラビット」はFNだけどハッピーエンドである例外)

ラストでミカエルに恋をしたリスベットは彼にプレゼントを渡しに行くけれども、そこには女性と楽しそうに歩く彼の姿が・・・・・・・・・・
このことからリスベットの抱える問題は結局解決されずに終わるのです・・彼女の社会に対する不信は回復しません・・・

他にもFN的要素はいくつかこの映画内にあって
①黒と白の映像ハイライト
②車やバイクのライト(ブレードランナー、チャイナタウンでは幾度も出てくる)
③雨(これも大概のFN映画に出てくる)
④タバコ(なんとなく吸ってるイメージ)

これらは一般的にFNの要素として認識されています
また主人公がネコと戯れて餌を買いに行くシーンはそれ自体が「ロンググッバイ」のオマージュであるという指摘が他のブログでされていました

このFNであるという論理に反論するなら
①黒と白はFNではなく人間の闇を隠喩しているだけ、FNでは黒と白ではなく光と影のほうが象徴的であるから黒と白のカラーイメージを安易にFNだと結びつけることが暴論

②FNは代々都会を舞台にしてきた。「サンセット大通り」「マルタの鷹」「ロンググッバイ」「ブレードランナー」「ロジャーラビット」etc・・・・
つまりFNは都会が映しだす光と影、人間の闇を描いてきた。それに対してこの映画のスウェーデンは都市というよりもむしろ逆

これらの証拠不足からこの映画がフェミニズムの視点からフィルムノワールを描いた初の作品とは断言しきれない


まあ僕は自分の意見をこうだってきめつけたいわけでもなく、これは一つの見方じゃないかな
ほんとはどっちでもいいんです、面白ければそれでいいんです

そしてこの映画は面白かった
唯一の欠点は家族と見てしまったということ、レイプのシーンとか最悪だった








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